培養肉は、動物や魚などから取った細胞を培養液の中で増殖させて作られます。
畜産業や漁業とはまったく異なる方法で作られる培養肉は、食糧不足の解消や環境負荷の軽減などにつながるとされ、世界中で研究・開発競争が激化しています。
シンガポールでは、すでに培養肉の販売が始まっています。
日本でも、企業や大学の研究機関などで技術開発が加速していますが、日本で培養肉の販売が実現するには、まだいくつかのハードルがあるようです。
日本企業の取り組みはどこまで進んでいるのか。培養肉の安全性の検証や規制などについてどんな動きがあるのか。最新の情報を元にまとめました。
日本で初めての食べられる培養肉!日清食品と東大が開発
培養ステーキ肉の実用化に向けて
2022年3月、日清食品ホールディングスと東京大学は日本で初めて食べられる培養肉の作製に成功しました。
日清食品ホールディングス株式会社と東京大学の竹内昌治教授らの研究グループは、2017年度から「培養ステーキ肉」の実用化を目指した研究を共同で進めてきました。
そして、食用可能な素材のみで培養肉を作製することに日本で初めて成功したのです。その秘密は独自に開発した「食用血清」と「食用血漿ゲル」です。
おいしさと低コストを両立する技術
東京大学の倫理審査専門委員会から承認されたプロセスに基づいて、同年3月29日には、研究関係者による試食も行いました。
このように、人による官能評価(五感を使って特性を調べること)が可能になったことで、培養肉の味、香り、食感などの「おいしさ」に関する研究開発は大きく進展しました。
同研究グループは「培養ステーキ肉」の実現に向け、立体筋組織のさらなるサイズアップや、おいしさと低コストを両立する技術を目指しています。
2025年3月までに、厚さ2㎝×幅7㎝×奥行7㎝の大型の培養肉の作製を目指すそうです。
出典:日本初!「食べられる培養肉」の作製に成功 肉本来の味や食感を持つ「培養ステーキ肉」の実用化に向けて前進 | 日清食品グループ (nissin.com)
日本ハムは培養肉を血清の代替素材で作製!驚きのコストダウンを実現
日本ハムの独自技術とは?
日本ハム株式会社は2022年、培養肉の作製に必要な「培養液」の主成分を、従来の動物由来のもの(血清)ではなく、一般的に流通する食品由来のものに置き換えて、ウシやニワトリの細胞を培養することに成功しました。
同社が用いている技術は、独自に開発した「食品成分を利用した血液成分(血清)代替技術」です。
これによって、血清を使わずに、細胞の生育に適した条件で培養することが可能になりました。
実験レベルでは20分の1までコストダウン
日本ハムは、新たに開発した培養液を使ってニワトリ由来細胞を培養し、実際に培養肉(約3.5cm×2.5cm、厚さ5mm)の試作も行いました。
今回の成功によって、培養液のコストの中で大きな割合を占めていた動物血清の代わりに、安価で安定的に調達できる食品を利用できるようになりました。
同社によれば、実験レベルでは「20分の1までコストを下げることができた」とのこと。
日本ハムの培養肉の研究開発は、2019年からインテグリカルチャー株式会社(後述)と共同で行なわれてきました。
これから量産化を見据えてさらなる研究が続きますが、その際にもコストダウンが重要なポイントになります。
最終的には100パーセントの培養肉を目指しつつ、途中の段階では代替肉とのハイブリッドも研究対象となりそうです。
出典:培養液の主成分である動物血清を食品で代替することに成功~培養肉の商用化実現に向けて前進~ | 日本ハム株式会社 (nipponham.co.jp)
出典:「培養肉」量産化へ前進 血清使わず食品で培養可能に 日本ハム - 食品新聞 WEB版(食品新聞社) (shokuhin.net)
世界初の技術で培養フォアグラ!インテグリカルチャー
食品成分のみでアヒル肝臓由来細胞を培養
インテグリカルチャー株式会社は、細胞培養技術を用いて、食品やコスメなどさまざまな分野で製品開発を行っています。
同社の中でも最も注目されている事業の一つが培養肉事業です。
これまでの培養肉の製造には、高価な血清や成長因子などの添加物が必要で、コストや安全性の面で課題がありました。
そこでインテグリカルチャーは、独自の培養技術を用いて、食品のみでつくった「食べられるアヒル肝臓由来細胞」の培養にチャレンジし、成功しました。
血清や成長因子をまったく使わない手法での成功は、世界初の快挙でした。しかも、これまで人間が実際に食べ、安全性が確認されている成分だけを使って細胞を培養することができたのです。
同社は、2023年中にも培養肉を安定的に量産することを目指しています。
培養肉が環境に与える影響の研究や他社との共創も
同社は、滋賀県立大学や株式会社エイゾスと共同で培養肉の新たな製造手法が環境に与える影響、及び経済価値の評価法に関する研究も行い、これによって、カーボンプライシングに貢献することを目指しています。
カーボンプライシングとは、企業の排出する炭素に価格をつけ、それによって排出者の行動を変化させるために導入する政策手法です。
出典:脱炭素に向けて各国が取り組む「カーボンプライシング」とは?|スペシャルコンテンツ|資源エネルギー庁 (meti.go.jp)
カーボンプライシングの例としては、企業が排出するCO2の量に応じて課税する「炭素税」や、排出量の上限を上回る企業と下回る企業の間で排出量を売買する「排出量取引制度」などが有名です。
また同社は、「CulNetコンソーシアム」という細胞培養関連分野の先進企業が集まるプラットフォームを主導し、日本ハムのほか、ハウス食品やマルハニチロなどとの共創にも取り組んでいます。
NUProteinは培養肉メーカーに新バイオ技術を提供
「植物由来の成長因子」の開発で大幅なコストダウンを実現
NUProtein(エヌユープロテイン)株式会社は、名古屋大学発のバイオベンチャーで、タンパク質合成を安く、早く、安全に大量生産する技術を提供する企業です。主に培養肉や再生医療の分野で、無細胞タンパク質合成キットや成長因子などの製品を開発しています。
培養肉事業では、培養肉の製造コストの大部分を占める成長因子のコストダウンを目指しています。
成長因子とは、細胞の増殖や分化を促進する特殊なタンパク質で、通常は動物細胞や大腸菌などの遺伝子組み換え細胞から合成されています。しかし、この方法には高額なコストがかかり、安定的な供給も困難です。
そこで、NUProteinは、植物由来の無細胞タンパク質合成システムを開発。このシステムでは、遺伝子組み換え細胞を使わずに、植物由来の原料だけで成長因子を合成できます。
これにより、成長因子のコストを1g当たり数億円から、数千円にまで下げることが可能になりました。
シンガポールの培養魚肉メーカーとライセンス契約
NUProteinは、培養肉の自社製造は行なわず、成長因子製造システムをライセンス提供するかたちで培養肉市場に参入しています。
契約した培養肉メーカーは、自社で成長因子を安価に生産できるようになります。
2023年1月には、シンガポールの培養魚肉メーカーUmami Meats社とライセンス契約を締結しました。
無細胞タンパク質合成キット (nuprotein.jp)
日本で培養肉はいつから販売される?安全性や表示の課題とは
培養肉はもう日本で販売されている?
培養肉は日本ではまだ販売されていません。
しかし、培養肉の普及に向けた動きは世界的に加速しています。
イギリスの大手金融機関は「2040年までに食肉のうち、20%を培養肉が占める」という予測を示しています。
現在、世界で唯一、誰でも培養肉が食べられる国はシンガポールです。
2020年12月、培養した鶏肉の販売が世界で初めて認可され、チキンナゲットなどで提供されています。
厚生労働省は2022年度内に研究班を設置
日本では、培養肉の製造販売に対応したルールや法律が整備されていないことが、産業界において大きなネックとなっています。
なぜなら、培養肉は動物の体から直接取ったものではなく細胞レベルで作られているため、日本の食品衛生法で定められた「食肉」の分類には当てはまらないからです。
厚生労働省は、培養肉に関する規制の是非を検討するため、専門家の研究班を2022年度内に設置する方針を固めたと発表しました(2022年6月)。
研究班は、培養時に有害物質の混入が起きる可能性や、起きた場合の影響などとともに、培養肉の定義や規制のあり方なども検討していきます。
細胞農業研究会が培養肉についての提言を発表
2022年11月、培養肉を開発する民間企業や研究者などで作る団体「細胞農業研究会」は、今後の普及に向けて整備が必要な安全性や食品表示のルールなどについての提言をまとめました。
具体的には、次のような提言が盛り込まれています。
- 「培養肉」が含まれる食品には、その割合にかかわらず、新たな技術で作られた食品であることを示す分かりやすい表記を義務づけて、消費者への透明性を高めるべき
- 「培養肉」の安全性を確保するため、今ある食品衛生法に加えて再生医療や医薬品で用いられているルールなども参照して安全管理の基準を作成
- 「培養肉」のもととなるブランド牛などの細胞を知的財産として保護するルールの整備
出典:「培養肉“普及に向けたルール作りを」企業や研究者が提言 | NHK
日本でいつから培養肉が販売されるかは未定
以上のように、培養肉の産業化に向けた動きはありますが、日本でいつから培養肉が販売されるかは、まだはっきりしません。
なぜなら、培養肉の安全性や表示の問題に加えて、コストや技術、畜産業界との共存、消費者の受け入れ度など、他にもさまざまな課題があるからです。
どれも簡単に解決できる問題ではありませんが、世界レベルで培養肉の市場が広がりつつあるのは事実です。日本もその波に乗るべく、企業の挑戦は続いていくことでしょう。
まとめ
培養肉は新しい技術で未知の部分も多いですが、食料危機や環境問題に対する解決策として世界で注目されています。
日本でも、日清食品や日本ハムなどの企業や大学が培養肉の開発に挑戦していますが、いつから販売が始まるかはまだわかりません。
培養肉にはコストや技術、安全性や表示の問題だけでなくいろいろな課題があり、消費者の反応も気になるところです。
次々と新規食品が生み出されていきますが、「消費者が正しい情報を得て、食べるものを自由に選択できる権利」は、しっかり守られるべきですよね。
-
参考培養肉とは?危険性の有無やメリット・デメリットをやさしく解説!
ラボ(研究室)で作られる代替肉=培養肉への注目も高まっています。 フードテックの代表的な存在として研究開発が進む培養肉は ...
続きを見る